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はじめに ~リンパとは~

リンパ管、リンパ節についてご説明します。
「血管」という言葉はなじみが深いと思いますが、「リンパ管」という言葉はあまりピンとこないかもしれません。血管が生命の維持に不可欠なのは説明不要ですが、リンパ管はどうなのでしょうか?
実はマウスを使った実験で、リンパ管が発生しないように遺伝子操作を行うと、そのマウスは生後すぐに死んでしまう事がわかっています。
「閉鎖血管系」という血液が完全に血管から出ることのないように進化した脊椎動物は全てリンパ管をもっています。小さな魚にもリンパ管はあります。脊椎動物にリンパ管は不可欠なのです。

「閉鎖血管系」では血管に穴は開いていませんので、血管壁を通して酸素や栄養の交換が行われます。細胞が消費した二酸化炭素や電解質は血管壁から再吸収されます。
しかし、血管内はタンパク質が濃い状態を保っており(タンパク質が薄いと血液の浸透圧が低くなり血管から水がもれてしまいます)、そのため、細胞が出すタンパク質のゴミなどの大きな物質は血管からの吸収が難しくなります。
一方でリンパ管は、血管と異なり入り口があります。「閉鎖系」ではありません。

つまり、大きなタンパク質などを回収する構造となっています。血管で回収できなかったタンパク質や脂肪はリンパ管を通って心臓に帰っています。
リンパ管がなくなると、タンパク質や脂質の回収が難しくなり、循環が滞ってしまいます。

細菌や癌細胞、リンパ節

このようにリンパ管には入口があるため、タンパク質や脂肪と同様に、外から侵入してきた細菌や体の中で発生した癌細胞など粒子の大きい物を取り込みやすい構造になっています。
しかし、リンパ管は最終的には心臓につながっているため、そのままでは細菌が血管に侵入してしまいます。
そこで、リンパ節という関所のような組織が要所にあります。リンパ節には免疫細胞が住んでおり、侵入してきた細菌を退治しています。必要なタンパク質や脂肪はそのまま血管にもどり、細菌は血管に入らないようにしています。
癌細胞も同様に退治していますが、癌細胞は体の免疫力を弱める力を持っているため、リンパ節に住み着いてしまうことがあります。
癌の手術では癌をすべて取り除くことが重要です。「リンパ節廓清術」という手術が必要になるのはこのためです。

リンパ浮腫とは

本やインターネットなどで「リンパ浮腫」という言葉を目にすると思いますが、「浮腫」と「リンパ浮腫」が混同して使用されていることが多くあります。 体を流れる体液、血液は 心臓を中心に「行き」は動脈、「帰り」は静脈、リンパ管で循環しています。

そのため、静脈に障害があっても(例えば血栓症や、静脈瘤など)浮腫は生じますし、心臓や腎臓に障害があっても(心不全、腎不全など)浮腫は生じます。また、血管から血管外の細胞の間に水分が出やすくなる低蛋白血症でも浮腫は生じます。
各々の病態によって治療法は全く異なってくるため、まず浮腫の中でも「リンパ系」に異常、障害があっておこる「リンパ浮腫」と診断することが大切です。

浮腫の種類

リンパ浮腫とはリンパ系(lymphatic system: リンパ管、リンパ節からなる組織)に何らかの障害があり、そのためリンパ液がうっ滞している状態をいいます。

リンパ浮腫の診断 ~浮腫を診断するのではなく、リンパ管の障害の程度を診断する~

あるドイツの有名な医師が「リンパ浮腫の診断には熟練のリンパ専門医が診察すれば必ずしも画像検査は必要ない」と述べています。本当にそうでしょうか??
癌を診断する際、身体所見や問診以外に、画像検査や病理検査などが必須であるようにリンパ浮腫の診断にも画像検査という客観的な検査が必要となります。
以前は検査機器がなく、リンパ浮腫における検査はできませんでした。もちろん、浮腫の程度は診察によってわかりますが、浮腫の程度とリンパ管の障害の程度は必ずしも一致しません。そのため、画像検査によってリンパ管そのものを見て、障害の程度を診断することが非常に重要です。

リンパ浮腫における各種検査

リンパ管には無数の逆流防止弁があります。リンパ管は心臓近くの静脈につながっています。しかし、逆流防止弁のために静脈からリンパ管に血液や造影剤が流れていくことはありません。
血管の造影は静脈に造影剤を注射すれば (静脈→心臓→動脈→静脈)と 全身の血管が撮影できますが、リンパ管は非常に細いため、簡単にリンパ管に注射できません。
皮膚の下などに注射して、リンパ管に取り込まれるのを待つ必要があります。
リンパ管の撮影が難しいのはこのためです。

現在 専門施設で行われている各種検査を紹介します。

ICGリンパ管造影インドシアニングリーンという物質を注射して赤外線カメラでリンパ管が見えます。
利点:非常に細かく綺麗にリンパ管がみえる
欠点:赤外線を使っているため腹部など深いところは見えなくなってしまう。
リンパシンチグラフィアルブミンを標識した物質を注射して撮影します。
利点:全身のリンパ流がみえる。
欠点:細かいところの解像度が低い。
MRリンフォグラフィICGほどの解像度はないが、シンチグラフィより解像度が高く、深部も含めた全体も把握できる。造影方法など、まだ定まっていない。
エコ―×
現在ある最高画像のエコーでもリンパ管は同定できない。
造影エコーソナゾイドという造影剤を注した後、エコーを行う。リンパ流を測定できる可能性がある。
リンパシンチグラフィ(左下肢リンパ浮腫)

リンパ浮腫の診断から治療までしっかりと行っている施設は全国に10程度ですが、これらの施設でもリンパ浮腫の画像検査の使い方、評価方法などは微妙に異なります。保険の問題もあり、診断方法は統一されていない現状があります。
当院ではICGリンパ管造影を中心に行っています。

繰り返しますが、浮腫の程度を診断するのではなくリンパ管の障害の程度を診断することが大切です。

リンパ浮腫の治療 ~浮腫の治療と リンパ管に対する治療を分けて考える~

リンパ浮腫の治療には大きく(1)複合的理学療法 (2)手術治療 があります。
大事なことは 理学療法は浮腫に対する治療、手術療法はリンパ管障害に対する治療 であることです。

(1)複合的理学療法(用手的リンパドレナージ、弾性着衣による圧迫)

いわゆるマッサージや弾性ストッキングと言われるものです。

用手的リンパドレナージについて(マッサージとも言います)

集合リンパ管には薄い筋肉がついており、腸のように蠕動運動を行っています。このリンパ管は圧力やリンパを流してあげる刺激で活発に動くようになります。
刺激されたリンパ管は30分から1時間で戻りますので、マッサージを受ける、というより指導してもらって自分で行えるようにすることが大切です。

弾性着衣について

弾性着衣は組織間液の圧力を上昇させるため、水分やある程度の蛋白を血管壁、リンパ管壁から再吸収させる効果があります。

利点:しっかりした施設の指導を受けると、中程度のリンパ浮腫でも浮腫はほとんど改善します。「圧迫をやめたら元にもどってしまうから意味ないのではないか??」と思われるかもしれませんが、浮腫をほっておくと組織への障害が続くため、コントロールすることは非常に大切です。

欠点:リンパ浮腫は慢性疾患であるため、浮腫をコントロールしても徐々に増悪します。理学療法を続けても効果がなくなってくる可能性があります。高齢になったときに高圧のストッキングを続けるのは無理があります。

(2)手術治療

手術治療は20年ほど前までは効果がないばかりか増悪する可能性が高い術式が行われていました。集合リンパ管といわれ脂肪の中を走る太いリンパ管でも大きさは0.3~0.5mm程度です。そのため、これを扱える治療がなかったのです。
しかし、顕微鏡や手術材料の進化から効果が得られる治療ができるようになりました。

リンパ管静脈吻合術(LVA:lymphtico venular anastomosis)

リンパ管と静脈をつなげる手術です。
流れの悪くなっている部位を迂回して、静脈から心臓にリンパ液を返す方法になります。

利点:手術侵襲が非常に少ない手術です。手術で扱う集合リンパ管は皮下脂肪内を走っているため、神経や筋肉を傷つけず、小さな傷で手術が行えます。歯を抜くよりはるかに侵襲が少ない手術です。

欠点:リンパ管自体が非常に細いため、高い技術が必要になります。そのため海外ではあまり行われていません。日本でもしっかりと結果がでるようなリンパ管静脈吻合術を行っている施設はわずかです。
また、集合リンパ管の流量の個人差、部位差が非常に大きく、流量の小さいリンパ管で手術をしてもすぐに閉塞してしまいます。
流量の多いリンパ管を術前から把握できれば良いのですが、これは難しく、そのため何か所か手術を行う必要があり、長時間の手術となります。

実際の手術症例

左乳癌術後の患者さんです。左前腕、上腕で3か所リンパ管静脈吻合を行いました。傷はほとんどわかりません。この患者さんは圧迫不要となりました。

乳癌術後 上肢リンパ浮腫
左:術前 右:術後6か月

当院での受診について

リンパ浮腫外来は休診しております。
再開時はホームページでお知らせいたします。

最終更新日:2023年11月7日